思わぬ展開
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


この地方の掟にのっとり、
その髪はヒジャヴにくるまれてこそいるが、
生なりの粗末な布の下には、
陽の光にも劣らぬ輝きが隠れているに違いなく。
天穹いっぱいを斑なく満たす、
目映く明るい光をそのまま凝縮したかのような。
逸級の宝玉も恥を知っての逃げ惑いそうな、
そんな極上の青をたたえた双眸を、瞬ろがせもせずの真っ直ぐに。
それこそ斬りつけるような迷いのなさで、
見据えてくるのは紛れもなく、
砂漠の覇王の正室、第一王妃のシチロージで。
それは気高くも誇り高く、
深き叡知と聡明な機知とを持ち合わせ。
清濁あわせ呑めるだけの懐ろの尋も持つし、
寛容な慈悲の心もないではないが、
やや頑迷なところが顔を出すと、
迷いなく斟酌のない英断をも下すことから、
氷の姫との異名をほしいままにしていた、北領の王女。
その真白き頬は もはや凍りついて動かず、
淡緋の唇は堅く閉ざされ。
親しき者へは温かな笑みにたわめられる双眸も今は、
敵意に尖っての炯々と、青き炎が怪しく揺らめくばかり。

 「どうかな覇王殿。
  我らが抱える東亜の導師の術に掛かれば、
  聡明透徹な妃さえ、容易に陥落がかなうというもの。」

そんな紹介へと応じてのことか、
シチロージがマントのようにしてまとっていた
煤けた一枚布を取り払った侍従のような存在が、
ひょこりと彼女の隣へ進み出る。
どうやら絹なのらしき、
裾長・袖長で 前の合わせに変わったダッフルを使っている
風変わりな衣紋は東洋のそれだったものか。
やたら前髪を長くして顔をほとんど隠した小柄な男で、
胸前で袖口同士を合わせて会釈するという、変わった構えを取って見せ。
そのまま手を離すとそこからは、
長すぎる袖の中からすらりと引き抜かれた細みの太刀が現れる。

 「覇王様っ。」
 「おのれ、宮廷内へ得物を持ち込むとはっ。」

砂漠を商いをしつつ渡っております、
舞楽一座との触れ込みで通された一団だった。
そうはいってもそれなりに、
その持ち物やその身自体も検分されているはずなのにと、
隋臣らが歯咬みをするが、

 “シチロージ様に気づかなんだくらいだ。”

東方担当の外交長官、
炯国のヒョーゴ殿が薄い唇をぎりりと咬みしめる。
こうまでの美姫、
そのあふるる威容という気配でだって判りそうなものだのに。
ましてや、行方が知れなくなっていたお人なのだから、
皆して過敏にもなっていたはずなのに、
こうまでの奥向きへ入り込んだ彼女に誰も気づかなんだのは。
彼女自身の意識を封じたのと並行して、
周囲に居合わせたこちらの陣営の者らへも、
何らかの小細工をしたに違いなく。

 “暗示の効果があろう、何がしかの術を使われていたらしいな。”

なめらかな石板を敷き詰めた、それは広々とした謁見の広間。
立派な円柱が支える壁には精緻な装飾がなされ、
高い高い吹き抜けの天井からは、
透かし彫りの衝立をおいた窓からこぼれる陽が
ほどよく振りそそぐ奇跡の空間。
このような砂漠の地では、
明るみを取れば灼熱までもなだれ込むものを、
遠い異国の知恵を取り入れ、他国の調度を取り寄せ、
風だけを招き入れての、それは心地のいい広間を築き上げていて。

 「覇王の威容にかかれば
  侭にならぬものがないほどと言われるが、
  どうだろうな、この美しき刃は。
  果たして、あなた様の侭になるかの。」

渡り一座の団長だと通していた長老が、
頭からかぶったフードの下でほくそ笑み、
その背後に控える男たちが身を起こし掛かったのへ、
こちらの陣営もすわと身構えたものの。

 「待て。」

他でもない覇王・カンベエの声が彼らを制した。
ハッとして、奥まった壇上を見やれば、
白きカンドーラに濃色のビシュトもお似合いの、
屈強精悍な肢体もそれは悠然と。
それは重たげな大きな手で頬杖をついたまま、
玉座にゆったりと座している彼は、
ただただ正面に立つ妃だけを見やっておいで。
怪しき導師がその衣紋から取り出した、
細身の太刀を白き手に掴みしめても、
豊かな濃色の髪に雄々しくも縁取られた表情は揺るぎもせず、
眉ひとつ動かさぬままであり。

 「妃を傷つけてはならぬ。」

特別な暗号か呪文にしては あまりに簡潔で。
よって把握には困らなかったが、
飲み込む段になって、あまりに大きい負荷に気がつく。
誰より何より優先されねばならぬは、覇王の御身とその御意志。
よってそのお言葉もまた、何にも代え難き勅命となる。
だが、その覇王へ明らかな殺意を、
剥き身の刃を向けるという不敬を示す存在を、
傷つけてはならぬとの仰せとあって。
狭間へ割って入ろうとしかけた近衛の隊士らが
揃って うっとたじろぎ、その足を止める。
見たところ、太刀以外には何の防具もまとわれぬ、
踊り子か何かに扮したのだろ、極めて薄着でおいでの妃様であり。
ではと武器は使わぬとして、
掴みかかろうが体当たりをしかけようが、
どう対処しようが その麗しき御身にアザ一つ残さぬというのは難しい話。
それでなくとも、こちらの国へと輿入れなさって以降、
その威容は臣下らへも重々伝わり広まっておいでのお方だけに、
髪こそ覆っておいでだが、お顔を晒していなさるのでさえ、
目映いやら畏れ多いやらと、直視も敵わぬ者ばかりだというに。

 “手も足も出ぬ、か?”

彼らの心境も判るが、
さりとてこのままでは、
妃もだが、舞楽一座と偽って侵入して来た怪しい一団による専横も
看過することになりはせぬか。
現に、断然優位と見越してだろう、
薄ら笑いを浮かべつつ、手に手に短剣だの小太刀だの、
各々の楽器へでも隠していたのだろ、
物騒な得物を帯びた彼らが、
控えていた座から既に腰を上げかかっていて。
そんな気配に背中を押されたか、

 「……。」

凍りついたような表情のまま、北領の姫御前がずいとその歩を進める。
太刀が陽を浴び、ギラリと光って何とも物騒だったが、
ほんの一歩であれ、美しき所作の中では、
何かしらの舞いの一部のようにも見える映えようであり。
こちらの隋臣らは息を飲んで、仇敵側の面々は見世物扱いで、
玉座に勇姿を晒しておいでの覇王と、
そこへと誘なう絨毯の代わりか 黒い石を敷かれた誘路の上へ立つ妃と。
そんな二人の奇妙な対峙を居合わせた皆、
ただただ黙して見守っていたのだが、

  そんな場の、ちょうど真上から

陽を遮るは不吉な兆しとされるが多いが、この場合は妙なる吉兆。
じゃらじゃらじゃらら……っという、大量の金属の擦れ合う音とともに、
一体どこから入り込んでいたものか、
その痩躯へ深紅のヒジュラをまといし人影が、謁見の間へと舞い降りる。
随分と高みから、だが、
しなやかな双腕を交互に泳がせ、
長い鎖を自在に操り、手掛かりにして。
危なげのないままに着地しおおせると、
そのヒジュラを 鮮やかな一閃で、ばっさとかなぐり捨てる凛々しさよ。
どんなバネをその身へ飲んでおいでなやら、
いかな軽やかな痩躯だとはいえ、
遥かな高さからの急襲をやすやすとやってのけたそのまま、
その場の皆をぐるりと見回した、
厚絹のビシュトに鼻先と口元を覆われた謎めきの仮装の人物は、
簡素な筒袖のシャツに筒袴と
肩にはストールという、エルサレム仕様の装いの懐ろから、
金属の筒をついと取り出し、コルクの栓をポンと抜いた。

 「…っ、それはっ!」

何ともあっけらかんと始まった、いきなりの新しい芝居へ、
何が何だかと声も出ぬままでいた一堂の中。
少しばかり優勢だった舞楽一座の
座長とやらがハッとして真っ先に目を覚ましたようだったが、

 「はは〜ん、
  後ろ盾っていうのは南欧辺境の
  ▲▲王国、の末席の貴族だったようですね。」

中からすべり出て来たのは、
くるんとした丸めぐせも強い、羊皮紙の書面と、

 「封緘に使う指輪も入ってますよ、不用心だなぁ。」
 「まあ、こんな鮮やかに盗み出されるとは思わなんだのでしょうよ。」

どらどらと真っ先に覗き込んだのが、
鬱陶しいほど前髪を伸ばした東洋の導師なら。
それへ続いて呆れたように言い捨てて、
なめらか優美なその肩をすくめてしまわれたのが、

 「シチっvv」
 「ご苦労様でしたね、キュウゾウ殿。」

 怖くはなかったですか? 全然? まあ頼もしいこと。
 あ、それよか誰も斬ってないでしょうね。
 ………。(頷、憤)

ああ良かったと胸を撫で下ろしながら、
鬱陶しそうだった前髪をぐいと掴むとそのまま引けば、
怪しい東亜の小男は、

 「…執務官っ。」

隋臣の皆様には小柄な青年で通っておいでの、
だが実は…瑪瑙の宮様こと第二妃のヘイハチ様であったりし。そして、

 このくらいのことへ人死は出したかないですからねぇ。
 〜〜〜っ。(怒、憤)
 ああほら、怒らない怒らないvv

珍しい金の髪だというところで、判る人にはあっさり判るそれ、
大慌てで隠して差し上げた一等賞がヒョーゴさんだった辺り、
謎の乱入者は言わずもがなの、琥珀の宮様こと第三妃のキュウゾウ殿であり。

  それから それから

 「…となると、
  何かしらの催眠暗示にかけられた素振りは、
  芝居だったようだの、正妃よ。」

なかなか楽しい一幕だったぞと、
それは男臭い笑みを見せるカンベエなのへ、

 「とんだお目汚しを。」

にこり微笑った翡翠の宮様、
シチロージ妃が主役だったらしき、この一連の大芝居。
それと気づいた瞬発力は、
さすが精鋭揃いの王宮の猛者たちの方が断然上だったようで。
何がどうなったのか、
ぽかんとしていた怪しい一味はあっと言う間に取り押さえられる。

 「こっ、このペテン師めっ!」

じたばたと往生際悪くもがく座長殿の怒号へ、
名指しでこそなかったが、
暗示の名手でとの先触れつきで彼らへ近づいたヘイハチが
自分のことだろと察したからこそ、あかんべをお返しし、

 「何を勝手な。
  妃の誰かを攫って人質に…なんて、
  物騒な策を練ってたあんたらが悪いんでしょうが。」

諜報の耳目が拾ったそれを、ちょっと逆手に取らせてもらったまでのこと。
単なる盗賊一味にしては いやに大きく構えているのが気になって、
どんな黒幕がいるのかを探りたかっただけなのだけれど。

 「まさか、
  妃と勘違いして貴族の令嬢へ目をつけていようとはね。」

非力な令嬢の、罪のないナイショのお散歩を、
誰がどこでどう取り違えてそうなったやら、
妃のお忍びの外出と思い込み、取り囲もうとしていると聞き。

 “そのまま勘違いさせておこうなんて
  とんでもないこと思った連中への灸にもなったのは
  思わぬ展開だったけど。”

他でもない第一妃を攫われるとは何事かと、
護衛の任についてた彼らがまずはこっぴどく叱られた。
そうなっては気の毒なと思って遠慮しかけていたけれど、
先の心掛けを聞き、
そういうつもりならばと凶行(笑)に走った妃らだったのだから、
ある意味では因果応報なのかも知れぬが。(…そうかなぁ)

 「そうそう、妃は市場で攫われたそのまま
  “私”が保護しましたのでご安心を。」

相手方へ同じ日の午前中というギリギリで
怪しき術師という触れ込みにて接触していたヘイハチが、
覇王様へだけ そうと付け足す。
多くは言わぬが、見目麗しい婦人へのこういった略取誘拐という乱暴には、
貞節への危害も案じられるものなれど。
暗示の術には集中が必要、それに多くの気配が出入りするのは邪魔ですと、
成功させたきゃ言う通りにせよとの、それこそ暗示をかけましたとのことで。
とはいえ、

 “まあ、そういった気遣いをせずとも…。”

うかうかと手を出そうものならば、
懐刀を引き抜いての無礼討ちでナニを落とされるのが落ちでしょうしねと、
物騒なことを思ったのは、されどヘイさんだけじゃあなかったかもで。

 「結構 楽しゅうございましたね♪」
 「ええ、ドキドキしましたvv」
 「………♪」
 「おや、キュウゾウ殿も楽しかったですか?」
 「思い切り動き回れましたし、
  あちこちで機転の利かせまくり、
  それがダメならねじ伏せ回りでしたものね。」

これこれ、お嬢さんたち…もとえ、お妃様たちよと、
額に青い縦線を降ろすのがヒョーゴ殿ならば、

 「じゃじゃ馬もほどほどにの。」

怪我でもされては目も当てられぬぞと、
こちらも珍しく“困ったことよ”と眉をお下げの覇王様。
破天荒は覇王様譲りですよと、白々しくも盛り上がる、
途轍もない行動力を発揮したお妃様たちの大手柄へ、
心から頭を抱えてしまわれたのは、隋臣の皆様ばかりなり…ですか?
先が思いやられそうな騒動に揺れた、
とある秋口の王宮だったようでございます。





     〜Fine〜  13.10.15.


  *遊び過ぎですね、
   一体どこの女子高生たちですか。(そっちにしたって・笑)
   そもそも、どうやって
   お妃たちが三人同時に内宮から行方を晦ませるものなやら。
   警備担当の衛士さんたちが責任を問われるので、
   はっちゃけるのも ほどほどにです、お妃様たち。


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